こころ

「私は鉛のような飯を食いました」
漱石は朽ちる果てまで悩み苦しむこととなる。

エゴイズムに折り合いをつけようとしない人がひどく醜い。なぜ対峙しないのか。愚人がのさばり世間のディグニティが堕ちる。

生命は殺戮により有機物を奪い取り遺伝子をつなぐ。人類は戦争という大義名分で貪り生きることを正当化する。胸が張り裂けるのは人間には嘆き苦しむ美徳があるからだ。資源を荒らし放題に強奪し生きる無駄な肥満体は許されない。美しい人は腐敗した皮下脂肪を心の底から憎む。

世界の途上国では数億人の子どもが貧困にあえぐ。エゴエスティックに人口爆発した地球ではこの子たちの食料をすべて賄えない。この子たちが朝ご飯を食べるようになれば、相対的に先進国の子どもたち、自分の子どもの朝ご飯はなくなる。それでも醜いオジサンたちは余分なコメを食べておなかに腐った脂肪を蓄える。酒を飲んでさらに脂肪を腐らせる。競馬場に行って腐った臭いを放つ。なおかつ紛れもない事なかれ主義。だから途上国の子どもには餓死してもうらう。合法的な犯罪だ。
この犯罪者、脂肪腐敗者は恐ろしいほど醜い。生きる価値がない。しかも生きる価値のないことを認めない。心の奥底まで腐敗しているのだ。必然的に恐ろしい不幸へと導かれる。
これが満員電車に充填されるエゴイズムの基本形である。

美しいトップアーティストは耐え難い偶像を無意識に抑圧し、深い闇の中で苦しみ、しだいに病んでいく。こうした不条理が新たなアートを生み出す活路となり輪廻する。

この作品がアート分析の先駆となった。

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