どこであれそれがみつかりそうな場所で

目を覚ましたら鳥取にいたことがある。なぜそこにいたのか記憶がない。かなり驚いた。
似たような事象がこの作品で描かれている。なぜ記憶がないのか。ハルキのテーゼは難解で繰り返し読むたびに解釈が変化する。ハルキマジックともいえる絶妙なレトリックだ。

彼自身が病んでいることを前提に読み進める。そうでないと洞察の回路は深渕にはまり込むからだ。テーゼのひとつはこの一行に集約される。
ーアイスピックのようなハイヒールー
不安が襲い掛かってくる。闇から逃げ出したい。それを具象化するのは困難であることをメタファで表現した。裸になって闇の本質と直面することは果てしなく辛いのだ。そこに作家としての強いモチベーションの源泉を見いだせる。

自分に欠落しているものがあるという。彼は作品を通じて意図的にピースを埋めようとしている。
「ゾウさんの形」「ドアの形」「ドーナツの形」
ひとつのピースをはめ込むと他のピースが剥がれ落ちる。延々と作業は続く。そこに安息を求めるがゆえに芸術の存在意義があるのだ。

もう少し繰り返し読むことにした。

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