品川猿

そうか猿だったのか。読み終えた後に脳が揺れた。ハルキから無意識の入口まで連れていかれ、リアルな意識世界に戻るにはしばらく時間を要した。やがて広大な不条理の世界に解はないと感じるに至りやっとのこと生還したのだ。危なかった。
そもそも何故ハルキの短編を読みたくなったのかが理解できない。20年位前に読んだレキシントンの幽霊をもう一度読みたくなったのだ。ストーリーは全く覚えていない。ただ覚えているのは読後にある種のトランス状態に陥ったことである。そう、恍惚の境地に浸ってみたくなった。読み返している最中も全くストーリーは思い出せない。初めての文体に触れているようだ。ジャズマンは生きているのか、宴は幻想だったのか、メタファは何を意味しているのか、洞察は贅沢なほど続いた。
やっとのこと現実に戻り、更なる快楽を求めてハルキ短編を検索した。そこで出会ったのが「品川猿」である。コミカルなタイトルは一体何のメタファなのだろうと読書欲を駆り立てる。横になって読んでいたが、突然に猿が出現し「あっ」と声をあげて跳ね上がった。夢の深渕から驚いて飛び起きるようにだ。
「東京奇譚集」は最初の作品からずっと心の隠し扉をノックしつづける。そして最後の「猿」で突如ドアが解放されるのだ。見事なレトリックである。

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